あなたはマンガ家という職業にどんなイメージを抱いているだろうか? 夢がある。アシスタントと一緒に朝まで徹夜する。編集者が遅れた原稿を取り立てに来る――。確かに、それがふつうのマンガ家像だ。しかし、三田紀房は正反対の持論をしばしば展開する。「徹夜はしない。でも締め切りは守る」「マンガ家になったのはお金のため」「アイデアを得る努力をしない」。びっくりするかもしれないが、理由を聞けばきっと納得し、あなたの仕事や勉強にも役立つ話だと気が付くだろう。さっそく、三田流マンガ論をお聞かせしよう。
【三田流マンガ論 Vol.6】
・「時間をかければいいものができる」という幻想を捨てる
・企画段階で「強い構想」があれば迷わない
・複雑な手法に手を出さない
・商売であるからには、常に「店を開け続ける」
私は週刊誌で20ページの連載を2本持っている。マンガ家としては多忙なほうで、風邪をひいても旅行に行っても、毎週きっちり40ページのマンガを仕上げて編集者に渡さなくてはいけない。このペースで長年仕事を続ける中で、決めていることがある。
限られた時間の中で集中し、締め切りを守って結果を出す。連載に穴は開けない。
マンガ家の中には、締め切りに遅れる人が多い。編集者もそれを許す風潮がある。おそらく「時間をかければいいものができる」という思い込みがあるのだろう。しかし、それはごく一握りの天才に限った話であって、私を含むほとんどの人間にとっては単なる言い訳でしかない。
「苦しんで描くほうがいいものができる」という根拠のない幻想以外に、締め切りに遅れる理由があるとしたら、ネームを作る段階で時間がかかっているのだろう。ネームとはマンガ家が考案したストーリーを絵の配置やせりふで表したもので、映画でいう絵コンテにあたる。締め切りまでの7日間のうち、最も頭を悩ませるのがネーム作りで、それさえ終われば後はひたすら絵を描く作業だ。逆に言うと、ネームでつまずくと後の作業がどんどん遅れ、物理的に締め切りに間に合わなくなってしまう。
なぜ、ネームが遅れるのか。それはマンガのストーリーの構想がそもそも弱いからだ。企画段階で面白い構想ができていれば、1話1話を作っていくときに迷わない。例えば、私がいま連載している『インベスターZ』。子供たちが3000億円を投資で運用するという設定が抜群に面白い。新しく連載を始めた『アルキメデスの大戦』も、戦艦大和の建造にいくらかかるのかを考えたマンガなんて今までにない。それをストーリーの中で紐解いていくなんて、面白いに決まっている。
強力な構想があれば、そこに毎回のネタを放り込んでいくだけで、ストーリーは勝手に動いていく。
キャラクターを増やし過ぎたり、コマ割りに凝ったりすることも余計な迷いにつながり、遅れの原因になる。「こういうキャラクターを出すと面白いかもしれない」という誘惑は確かにあるが、広げた人間関係を全部ストーリーに集約するのは非常に難しい。絵を配置していくコマ割りも、凝った手法を使うと才気走って見えるが、読者にストーリーを伝えるうえでそんなに効果があるわけではない。コマの大きさに差をつけ過ぎたり凝った形にしたりしないで、シンプルに置いていくほうが読みやすく、流行に左右されない。
読者のニーズとは関係のない「単なる自己満足」のために複雑な手法に手を出して、時間をかけるのはムダなことだ。
自信を持てないことには、最初から手を出さない。迷う要因になりそうなことを排除する。
この2つを守った結果、私は一度もネームにつまずいたことがない。
迷い、苦しみながら作るというのは一見カッコよく見えるが、読者にとっては一銭の価値もない。私はそこそこ美味しく、飽きの来ないラーメンを毎日提供する日高屋のようなマンガ家でいたい。凝りに凝ったラーメンを作ろうとして、「今日は納得いく味にならない」といって店を休む「こだわりのラーメン屋」など、客にとっては迷惑なだけだ。
商売の原則として、まず店を開けて商品を並べること。そうして初めて、客が来て評価をしてくれる。
カッコよく見えたり、才能をひけらかしたりするよりも、私にとっては「毎日店を開けること」が重要なのだ。
■三田流漫画論シリーズ
・【vol.1 三田流マンガ論】成功するには、あえて「空席」を狙え!
・【vol.2 三田流マンガ論】どうせやるならトップを目指せ!
・【vol.3 三田流マンガ論】ベタな表現を恐れるな!
・【vol.4 三田流マンガ論】徹夜は一切しない!
・【Vol.5 三田流マンガ論】クリエイターは「凄い」人たちではない。ただ「やった」人間だ!
・【vol.6 三田流マンガ論】私は、締め切りを絶対に破らない!
・【vol.7 三田流マンガ論】ストーリーとは、「対立」とその「解決」である
・【Vol.8 三田流マンガ論】アイデアは考え出すものじゃない
・【Vol.9 三田流マンガ論】マンガを描き続けることが最優先。些末なこだわりは持たない
・【Vol.10 三田流マンガ論】いい仕事したけりゃ、自己管理しろ!