6回にわたってお送りしている角田陽一郎さんによる特別授業も、今回が最終回。
TBSテレビで『さんまのスーパーからくりTV』『EXILE魂』など数々の人気バラエティ番組を手がけてきたプロデューサー・角田さんは、これまでの授業で「歴史を学ぶことには、事実を次々に“発見”していく面白さがある。世界史は、最高のバラエティだ」と教えてくれた。
最終回は、そんな角田さんの歴史の見方がぎゅっとつまった「総まとめ編」。歴史を逆さに見て、未来から現代・過去をみつめる刺激的な授業だ。
プロデューサー・角田陽一郎の「世界史の特別授業」
1時間目・・・「商人の話」 実はイスラム教は、合理的で寛容的な宗教である。
2時間目・・・「民族の話」 民族や文化はしょせん 「ミックス」されたもの
3時間目・・・「産業の話」 技術革新や発明が 生活時間、行動範囲、芸術までも変化させた
4時間目・・・「情報の話」 現在は、農業革命、産業革命に続く 「情報革命」が進行中である
5時間目・・・「お金の話」 お金が人生の持ち時間、 就職先まで決めてしまう
「23の【キーワード】」で
未来の歴史を予測する
世界史の講義も、今僕たちが住む現代にまでやってきました。「現代史を学校で教えるのは難しい」とよく言われます。昨日や今日に起きた出来事、そして明日に、未来に起こるであろう歴史につながる話を書かなければならないので、教科書に記述するには時間的にあまりに近すぎて不可能なのもその一因でしょう。
また、それでも記述しようとすると、一面的・主観的になりがちです。よく教科書の現代史の記述をめぐって論争になりますが、教科書を批判する側の人も主観的になっています。主観と主観がぶつかってしまうのが、現代史の難しいところです。
ある事件がある時にある理由で起こっても、それが未来にどのような影響を与えたかは、時間が経過しないと評価しにくいのです。現代社会は、過去の歴史から影響を受けて成立しています。例えば、満州事変の契機となった南満州鉄道の爆破事件(柳条湖事件。1931年)は、企てた当時の人々にとっては、中国を実効支配するために起こすべき理由があったのでしょう。でも、今それを歴史として知る僕たちには、軍部の愚策だったとしか見えません。この爆破事件は、太平洋戦争終結までの長い中国との泥沼の戦いにハマった15年戦争を起こした原因であるからです。
ということは、現代の歴史を記述するということは、未来について考える話をしなければならないわけです。ですので、この世界史の最終講のテーマは未来の話です。歴史で未来を語る……なんて難しく、なんて予測不可能な、なんてバラエティに富んだ話でしょう! 6回にわたってお送りしている世界史の授業ですが、僕の本では23のテーマに分けて読み解いています。ですので、この世界史の最終講はそんな世界史の未来を、その23のテーマで見ていこうと思います。
【宗教】と【イデオロギー】の対立で
原理主義という【思想】が浮上する
1989年に、日系アメリカ人の歴史学者フランシス・フクヤマは『歴史の終わり』を発表しました。簡単に言えば、「社会主義国家が滅んで冷戦が終わり、人類社会の完成形の自由民主主義が勝利すれば、あとはただの出来事の繰り返しになる。本来の意味での歴史は起こらないのだ」と。その後、本人も交えて様々な議論が沸きましたが、『歴史の終わり』の内容が正しかったかどうかは現在を生きる僕たちにはもはや明らかです。2001年に、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込むアメリカ同時多発テロ事件が起こりました。社会主義との戦いは終わっても、テロとの戦いが始まりました。
「歴史は終わらなかった」というのが結論です。むしろ【イデオロギー】と【宗教】間の新たな戦いが始まったのです。自由民主主義というイデオロギーは、資本主義を補完しながら推し進め、世界は全てアメリカ化するかに見えました。しかしそれは、熾烈な競争社会を生み、世界の貧富の格差を拡大させたのです。貧しき側は、自分たちの拠り所の【思想】に厳格に戻ろうとします。それが原理主義です。これは、イスラム世界だけの話でなく、ヨーロッパ、日本を含めアジア、アメリカの各国内でも起きています。貧富の差が拡大し、弱者側の右傾化と言われる外国人排斥や難民問題、民族対立などの民族主義的動きが顕著になっています。この原理主義の動きは、未来にも確実に強まっていきます。
【産業】による環境破壊で、
資源、食糧、【水】の争奪戦が起こる
地球の環境変化が進行しています。【産業】の発展に伴う人類による二酸化炭素排出の激増で地球が温暖化し、気候の激化や海面上昇などを伴っています。一方で、再び氷河期に入ったとも言われています。かつて人類は、地球の寒冷化や温暖化、はたまた乾燥化・砂漠化によって大移動を行いました。この現象は世界史の中で断続的に行われていますが、未来はそれが活発になる可能性があります。今まで住めたところが住めなくなり、新たな場所に居住地が生まれる可能性もあるからです。海面上昇や乾燥化、はたまた内戦等で難民化することにより、ある一国の人々が丸々移住するということも行われるかもしれません。
そして、気温の変化で一番影響を受ける産業が農業です。例えば、近年の温暖化で日本で起きている現象ですと、もともと熱い地方の植物だったコメが、今や北海道が一大産地になっています。リンゴやそばの生産地はだいぶ北に移動していて、ゆくゆくは本州での生産が厳しくなるとも言われています。それに対応するため、品種改良がますます進むでしょう。
人の移動や産業構造の変化は、各国の勢力圏の変化を意味し、資源争奪戦や食糧獲得戦が激化すると予想されます。特に【水】の確保は、今後も重要です。
未来の【国家】は【帝国】に包囲される。
その主な原因は【中華】と【商人】にあり
19世紀の市民革命以降、人類はそれぞれの地域で国民国家にまとまって、【国家】を形成することがベストな世界だという思想で進んできました。世界は、国民国家が主導してきたのです。しかし、その枠組みが不安定になってきています。
それは、二つの動きに見られます。一つは、中華帝国の復活。中国は世界最大の人口を有し、経済も成長してきて世界最大規模とも言われています。中国内部の権力闘争や地域紛争等で自滅しない限り、未来にはアメリカと世界を二分する力を持つでしょう。
もう一つは、イスラム帝国の復活。イスラム諸国はオイルマネーが担う豊富な資金力を持ち、イスラム教徒は将来的に世界最多数になると言われています。さらに、イスラム原理主義の台頭が伴って進む「IS」では、カリフ制国家の復活を自称しています。仮に「IS」が壊滅されても、この動きは今後活発化すると予想されます。
まさに、近代になって停滞していた【中華】と【商人】の宗教イスラム教が、再び世界の主軸を担おうとしているのです。これらは、新たな【帝国】的な動きです。【分割】により【文明】間の衝突が起きる。【征服】の野望も起き、【戦争】に突入することも世界は今後、アメリカ、中国、ロシア、EU、イスラムという新たな帝国を主軸に、世界が【分割】されていくのかもしれません。これらの新たな帝国が、世界を主導していくことは間違いないでしょう。これまでの国民国家は国民というナショナリズムの概念で形成されていましたが、帝国は【文明】という枠組みで形成されます。
帝国には、膨張主義的な側面があります。【征服】を望む傾向があり、それが領土的野心につながることもあります。中国の南シナ海での人工島建設などには、その兆候が見られます。その膨張主義的野望同士がぶつかると、新たな【戦争】が起きてしまいます。
【民族】という思想で【統合】が進む中、
【周縁】の日本はどんな選択をするか?
帝国の中では、【民族】というナショナリズムで、より細分化された集合帯に【統合】されるでしょう。例えば、近年活発化しているイギリス内でのスコットランド独立運動や、スペイン内でのカタルーニャの分離運動などに見られます。それまで国民国家内で抑止されていた地方レベルでの独立の気運が、「どうせEUという大きな枠組みがあるのなら、その中で自分たちが自治しやすい規模でまとまればよいのではないか?」という考えにより、高まっているのです。実際に、チェコスロヴァキアは東西冷戦終了後、チェコとスロヴァキアに分かれました。
これまでの国民国家というある種中途半端な大きさではなく、よりまとまった民族という一単位の上に、かなり大きな帝国というさらなる一単位が囲む、二重体制を作る傾向が見られるのです。この際、帝国の【周縁】にある従来の国民国家という一重の国は、かなり不安定な体制となってしまいます。そこで、様々な地域の国民国家で、どういう未来の選択をするかが問われます。多民族国家インドも、隣国パキスタンのイスラム帝国化に伴い、帝国化する可能性が十分にあります。ASEANを作る東南アジアの国々も、より強固にまとまるかもしれません。
そして、まさにその未来の選択で揺れているのが、日本の今置かれている状況なのです。近年の日中関係の緊張化や日米安保条約改正に、それが如実に現れているのではないでしょうか。日本はかなり大きな国民国家で、均一で統制がとれた市場規模があり、経済大国として成立していました。それゆえ、上部構造の帝国という枠組みを持っていません。
そのため今、未来の日本はどの帝国内に内包されるか?(されたいか?)という選択を迫られているのです。今までのアメリカ追従路線をより強化して、アメリカ帝国の中に完全に入るという選択は、日米安保条約強化という道につながります。一方で南北朝鮮とともに、中華帝国が形作る新たな東アジア圏の枠組みに入るという可能性だってあるかもしれません。はたまた、戦前目指した日本主導の大東亜共栄圏という概念の再興だって、実現性はかなり低いですが、それを目論む人物が現れる可能性だって十分考えられるのです。
【理想】と【革命】の未来では、
新たな【約束】が必要となる
今までは人類の【理想】を、環境や社会に投げかけ様々な【革命】が起きました。しかし未来にはその理想を、人そのものの身体的進化に投じることができるかもしれません。遺伝情報であるヒトゲノムの解析が進んで、ゲノム編集ができるようになりました。遺伝子を見れば、その人がどんな病気になりやすいか事前に判断して、予防することが今や可能です。デザイナーベイビーという、生まれる前の受精卵の段階でゲノム編集して親が望む容姿・能力を備えた子を産み出すことも可能になります。それだけでなく、ある特殊な能力を持った改造人間、例えば、葉緑体を体内に持つ光合成ができる人間等を作り出すことだって、可能かもしれません。また、ES細胞やiPS細胞を使えば、自分の体の部位を複製して、自分の体に移植し直すことが可能です。
病気に対しては、今まで手術と投薬くらいしか対処法がなかったのですが、これからは交換という新たな治療方法が飛躍的発展を遂げ、寿命が大幅に伸びる可能性が大きいです。一説では200歳くらいまで生きられるのではないか!と言われています。
このように情報革命に続き、人体革命が起こる可能性があるのです。それも、ほんの数十年の近未来にです。その場合、既存の倫理観・法律・慣習で対応できるのかが、かなり大きな懸念事項です。新たな【約束】を、人類は作り出す必要が生じるでしょう。
【情報】と【発見】が
光の射す未来を作る
こうして未来を述べていくと、世界は悲劇的になりそうにも感じられますが、むしろ僕は楽観的な未来を想像しています。2011年から2012年にかけて、イスラム諸国で「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が起こりました。この運動は、ツイッターやフェイスブックなどのSNSを通じて【情報】が交換されることで、進行したと言われています。
かつては独裁者が既存のマスメディアを規制することで、情報統制ができていました。しかし、インターネットを通じて新たな個人間の情報コミュニケーションが生まれることで、情報統制もできなくなったのです。この流れは、世界の帝国化という集合的傾向の裏で、世界の個人化という拡散的傾向をはらんでいるということです。
また、人類のイノベーションは、それこそ僕らの想像を超えて進行してきました。僕が子どもの頃、石油は「あと30年で底をつく」と言われていました。それから30年経ちましたが、底をついていません。いつまでたっても「あと30年」って言われている気がします。石油がまだ底をつかないのは、新たな油田の開発や、シェールガス革命など新たな技術の開発があるからです。
さらに、これから月や火星の探索が本格的に行われると、宇宙空間で今後画期的な【発見】がなされるかもしれません。新たな科学技術が、今までの人類の問題を克服してきました。今すぐ役立つ技術の研究以上に、地道な基礎科学の研究が未来を作り、新たな物事を発見していくのです。
大事なことは、そんな発見を絶えず行う好奇心と、人類の不断の努力です。
これからは【お金】よりも
【芸術と科学】が明るい未来を生む
先講で述べたように、未来の歴史は、情報革命により個人が作るようになります。個人個人の知性による選択がより重要になると、権力を持つ上からの意志以上に、その人自身が何を体験して何を考えたかの下からの発信が意味を持ってくるのです。
自分の発信したライフスタイルが簡単にアート化、エンターテインメント化します。【芸術と科学】が、これまで以上に意味を持つ未来が来るのです。それは、今までの「どれだけ【お金】が儲かったか?」ではなく、「どれだけ時間を、何のために使ったか?」という、資本主義から時本主義への移行です。
また、大衆がまとまることで力を持った20世紀の資本主義から、個々人の知性がそれぞれ輝きを放つ21世紀となった現在は、それぞれ個人が原子のように活動する原子主義へ移行していきます。一つ一つの個人=原子が影響力を発し、それに共感した者たちで新たな共同体を作ります。細分化された個人の知性の集合体=トライブで動いていく世界です。大量消費ではなく個々の相互の影響力が求められる時代、「少量共鳴社会」へとパラダイム・チェンジしていくでしょう。
世界は「ユニバース」から
「ダイバース」へ
世界は、英語で直訳すると「ユニバース(Universe)」です。それは一つ(uni)の世界(verse)を意味します。これまで各地域で起こった文明は発展し、歴史を生み出し、近代になって欧米主導のもと世界はユニバースになっていきました。
でも、世界は本当は「ダイバース(Diverse)」、つまり多元世界なのです。多様性(diversity)から考えた僕の造語です。一つの価値観にとらわれるのではなく、ある物事を様々な観点から見て判断し、行動する。すると、バラエティに富んだ世界が誕生します。世界はそもそもいろんな場所でそれぞれの歴史を繰り広げてきました。そこでは、人々は生まれ、育ち、恋に落ち、家族を作り、仲間と一緒に生活しながら、やがて一生を終えて、次の世代にその想いを伝えていったのです。それがまさに歴史なのです。
これからの未来の世界は、個人が作る世界史という概念と重なって、皆さん一人ひとりのいろいろな想いがつながりながら、よりダイバースに向かっていくでしょう。
■終わりに
角田さんによる、6回に渡る歴史の授業をお楽しみ頂けただろうか?
学生時代、勉強が嫌いで仕方なかったという人も思わずワクワクしてしまうような話ばかりだっただろう。人間の勉強に終わりなどない。どうせなら楽しい勉強をしたいと思わないだろうか。今後も、あなたの人生に効く題材を扱っていくのでお楽しみに。
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角田 陽一郎 (かくた よういちろう)
1970年生まれ
TBSテレビメディアビジネス局所属。東京大学卒業後、TBSに入社。
プロデューサーとして「さんまのスーパーからくりTV」「中居正広の金曜日のスマたちへ」「EXILE魂」など、主にバラエティ番組の企画制作をしながら、映画『げんげ』監督などを務める。主な著書に『成功の神はネガティブな狩人に降臨する』など
■この授業は、角田さんの新著『「24のキーワード」でまるわかり!最速で身につく世界史』で全文が読めます!
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