道塾に1人の男がやってきた。
TBSテレビで『さんまのスーパーからくりTV』『EXILE魂』など数々の人気バラエティ番組を手がけてきたプロデューサー・角田陽一郎さんだ。
角田さんは道塾に着くなり、「歴史を学ぶことには、事実を次々に“発見”していく面白さがあります。その時代の人々がどう動くかというストーリー展開を知るのも楽しい。世界史は、最高のバラエティなんです」と語り出した。
「ぜひ、道塾の優秀な生徒たちに、面白い世界史の見方を教えてあげたい!」
角田さんによる特別授業の4時間目は、「情報の話」。現代で起きている「情報革命」は、私たちの生活をどう変えるのか。今回の授業も必聴だ。
プロデューサー・角田陽一郎の「世界史の特別授業」
1時間目・・・「商人の話」 実はイスラム教は、合理的で寛容的な宗教である。
2時間目・・・「民族の話」 民族や文化はしょせん 「ミックス」されたもの
3時間目・・・「産業の話」 技術革新や発明が 生活時間、行動範囲、芸術までも変化させた
特別授業の講師・角田陽一郎さん
お金とは信用を作る
コミュニケーション
前講で、お金はモノの価値の単位であるという話をしました。お金の価値は人気の有無で決まると。とするならば、その価値を表すためには貨幣=モノなどなくてもいいはず。価値を表す情報だけあればすむ話ではないでしょうか? こうして現代社会は、人類にとって情報こそが価値であり、また情報がさらなる価値を生むようになりました。
その前兆は昔からありました。例えば先物取引です。江戸時代に大坂で始まったコメの先物取引では、当時流通していた貨幣の何倍もの取引が行われていました。将来のコメの買取権を定めた証書という情報が取り引きされれば、実際の貨幣が手渡しされる必要などないからです。
取引が成立するのには相互に信用が必要です。相手に渡した価値が相手にも信用され取引が行われる。そして対価をつけて戻ってくるのが取引です。お金が発明される以前、「自分が作った食物(例えばムギ)を周りの人に配る」ということを先講に書きました。これは裏を返せば、「周りの信用できる人(家族・血縁者・同族)には、お金の戻りがなくても配ったりする」ということを意味します。
これは極めて重要なことです。例えば友人に「缶ジュース奢って!」と言われれば、ほとんどの人は奢るでしょう。缶ジュースを奢ったことへの対価など求めないと思います。今度は自分が奢られるかもしれないし、奢る・奢られるを何回もやってきた間柄だからこそ、友人同士とも言えるわけです。むしろ信用を醸造するために、プレゼントをしたりお中元、お歳暮などをしたりします。
逆に、究極の不信感の回避が自動販売機です。その価値分の金額を入れれば、その分の缶ジュースを渡すというシステム。その信用を測る尺度としてお金を交換に使うのです。つまり100円分の価値=100円分の信用なのです。「信用を金で買う」とか言いますが、むしろお金の価値とは信用の価値だとも言えるでしょう。
そんなお話をしますと「友情を金で買うのか!」とか怒られそうですが、逆に言えばしっかりした友情があればその間にお金は必要ないのかもしれません。世界の全員が信用できればお金などいらないのかもしれません。お金とは信用を作るコミュニケーションそのものなんだと言えるのです。
信用とコミュニケーションの手段であるお金の価値を最大化させ、そのお金を大量に手に入れるために大量に資源を調達、商品を大量に生産して、マスコミを使って宣伝し、大量に消費させたのが、20世紀初頭にアメリカで発達した資本主義経済でした。社会主義経済という実験も行われましたが、結局は失敗しました。
現在、肥大した大量消費社会の中で、資本主義の論理を推し進めることが経済的に正しいこととして世界中で各国が競い合っています。しかしそれも、大転換の時代がやってきました。情報革命です。
エジソンとスティーブ・ジョブズは
どちらがすごいのか?
現代は、現物のお金ではなく、お金の価値という情報が取引される時代です。お金=コミュニケーションであるならば、新たなコミュニケーションが価値になり得ます。その到来が、情報革命=IT革命なのです。コンピューターの誕生とインターネットの登場により、1990年代に急速に普及しました。ITとは情報技術「Information Technology」の略ですから、この革命を19世紀から続く産業革命の一端だと思っている方も多いでしょうが、実は全然違います。
アルビン・トフラーという学者が1980年に『第三の波』という本を出して日本でも話題になりました。人類の歴史には三つの波があり、第一の波が、先史時代の農業革命。第二の波が、18世紀の産業革命。そして第三の波が、今進行中の情報革命です。僕はこれを知った高校生の時、正直なところこう思いました。「第一の農業、第二の工業ってのが革命ってのはわかるけど、第三が情報って、なんかインパクトが弱いなあ。『今は革命時代だって言いたい症候群』なんじゃないの?」と懐疑的でした。でもそれは間違っていたのです。あまりにも概念を変えた革命なので80年代の旧体制に属していた僕には、この情報革命の真意がその時はわからなかったのでした。90年代にインターネットに実際に触れてみて初めてわかったのです。
エジソンとスティーブ・ジョブズとどっちがすごい発明家?という議論がよくありますが、情報革命を僕たちの片手にもたらしたiPhoneは新しい携帯電話という技術革新の話ではないのです。電話という新たな技術を発明したエジソンではなくて、情報革命という新たな概念を発明したスティーブ・ジョブズ。そもそも比べる尺度が違う話なのです。
情報があれば
モノを持たなくてもよくなった
情報革命は、人類の歴史に圧倒的な概念の進化をもたらす革命なのです。今まではモノに価値がありました。なので、そのモノを所有するという概念が最重要でした。でもこれからは、モノが存在する本来の意味=情報に価値があるのです。
例えば、音楽を聴く手段としてレコードやCDがあります。僕たちは音楽を自由に聴くためには、そのモノを手に入れる必要があったのです。しかし音楽そのものを聴くことさえできれば、モノを所有する必要が薄れます。インターネット上のダウンロードやストリーミングで良くなりました。その音楽を聴く権利を持つためには、それまではモノを所有する必要があったのですが、これからはその権利を表す情報を所有すれば良くなったのです。とはいえ、それでも大好きなアーティストのモノ自体を欲しいという所有欲はなくならないでしょう。「その欲がある人=本当に好きな人」だけが所有すればよいという経済に変化します。
20世紀が大量生産・大量広告・大量消費というマスの時代であったことに対して、情報革命以後の21世紀の現代、そしてこれから来る未来は、適量生産・適量宣伝・適量消費という全く新しい個人の経済に向かうということを意味します。
今までは情報を所有するために物理的なモノが必要でした。言葉なら紙。音楽ならCD。飛行機に乗る権利なら搭乗券。今やそれらは、物理的に所有する必要がないのです。クラウドという、中央に情報を集めて、そのクラウドにインターネット上でアクセスする鍵=パスワードだけ持っていればよくなったのです。
インターネットが
お金の立場をも脅かす存在に!
インターネットとはコミュニケーションツールでもあります。世界中の誰とでも、たとえ会ったことがない人とでもコミュニケーションができます。そしてインターネットを使うと自分の価値=情報を伝えることが簡単にでき、それはお金以外の信用を生むことができます。つまりインターネットは、お金に換わる価値とコミュニケーションのツールです。
現在ではインターネット上でもお金が使われ、インターネット広告などでは、アクセス数・ページビュー数などがお金に換算されています。でもそれももしかしたら、お金という現在権威がある単位が便宜上使われているだけなのかもしれません。ビットコインのように、誰にも権威づけされない新たな富の概念も生まれています。
情報は量を集めても意味はない
真偽を見極める力こそ大事
情報革命により人間の生き方も一変します。情報革命とは言うなれば、情報を手に入れる困難さが限りなく簡単になったということです。以前ならその情報を手に入れるための技術が求められました。そしてそれを知ってる・知らないという尺度が、その人の価値の判断基準でした。知っていること、すなわち知識の量が求められたのです。
しかし今は、知らなかったらパソコンなどで検索すればよくなりました。こんなにも知識を手に入れることが簡単になったのならば、我々はむしろ、その手に入れた知識が本当に正しいかどうかを自分で判断できる知性が求められているのです。
20世紀の大量生産・大量広告・大量消費というマス=大衆の時代というのは、「よくわからない人にも売っちゃえ!」という話です。しかしそれは消費者の知性をバカにした行為です。21世紀は、適量生産・適量宣伝・適量消費という、知性を持った個人が欲しいモノだけ欲しい分を手に入れる時代にどんどん変わっていくのです。
そして、同じ尺度の知性や価値観や感性を持った個人同士が、新たな共同体=トライブを形成します。トライブという単語は、同じ血統だったり、同じ族長に従うある一定の範囲に住む、種族・部族という意味です。
情報革命以前には、現実に同じ血統や同じ範囲に住んでいないと、同じ知性・価値観・感性を共有することはできませんでした。しかしインターネットは、その距離を一気になくしました。同じ情報を共有すれば、違う場所に存在しようが、同じ知性・価値観・感性でトライブを形成する可能性があるのです。そのトライブが形成された時、今までの国家、民族、宗教、社会、企業等の組織という概念が一変する可能性があります。
知識から知性の時代へ。それが進めば、特に今までの国家のあり方も確実に変わります。個人が歴史を作る時代になるのです。今までは個人といっても天才や権力者という、ごく少数の個人が登場するのが世界史でした。どの国家とどの国家が争ったという戦争が歴史でした。
しかしこれからは、個人という存在の、それぞれの知性がそれぞれの局面局面を判断する世界史になるのです。そんな時代に戦争、領土・国民・政府・憲法・制度等の既存の概念を、従来の考え方に照らし合わせて考えても無意味なのかもしれません。
21世紀はそんな新たな可能性のある個人の世界史が生み出されていくのです。それがユートピア(理想郷)かディストピア(反理想郷)になるかは、それこそ僕たち個人の知性にかかっているのです。
■終わりに
「21世紀はそんな新たな可能性のある個人の世界史が生み出されていくのです。」これは、実際に現代社会に生まれています。例えば、世界的な有名歌手のジャスティン・ビーバーもYoutubeで動画を配信したことがきっかけで一躍人気になりました。また、同サイトが無料で利用できることは皆さんもご存知のことでしょう。このことから、お金をかけず、個人でも、実力さえあればネット特有の拡散力を活かして有名歌手や人気アイドル、人気ブロガーなどになれるチャンスが誰にでも転がっている時代と言えるでしょう。
-
角田 陽一郎 (かくた よういちろう)
1970年生まれ
TBSテレビメディアビジネス局所属。東京大学卒業後、TBSに入社。
プロデューサーとして「さんまのスーパーからくりTV」「中居正広の金曜日のスマたちへ」「EXILE魂」など、主にバラエティ番組の企画制作をしながら、映画『げんげ』監督などを務める。主な著書に『成功の神はネガティブな狩人に降臨する』など
■この授業は、角田さんの新著『「24のキーワード」でまるわかり!最速で身につく世界史』で全文が読めます!
☆Amazonから購入する