みんなをハッピーにする
ビジネスでなきゃ意味がない(前編)
お金の話が苦手な日本人は多い。ビジネスの場で最初からはっきりと金額交渉をすると嫌がられたり、お金もうけの話を人前でするのは「はしたないこと」とされたりするのが、一般的な日本人の感覚だ。しかし、お金は毎日の生活に欠かせない大事なものだ。お金が流れていないと、経済も動かない。
お金をタブーにしてはいけない! そんな考えから、お金についての個人史を率直に語ってもらうこのシリーズ。3回目は、金融業界畑を27年間歩み、業界では「知らない人がいない」という伝説の投資家・高野真氏。現在は『フォーブスジャパン』編集長兼CEOとして活躍する高野氏が、お金の稼ぎ方、使い方について率直に語ってくれた。
<ポイント>
高野さんの【お金の教養】前編
・お金もうけに対する色眼鏡を外そう
・ビジネスのあるべき姿は「プラスサム」
・「取るべきリスク」を見極める
誰かが損をするのは
あるべきビジネスの姿じゃない
お金をもうけるということに、ネガティブなイメージをもっている日本人は多いよね。たとえばリーマン・ショックのときに、破綻したリーマン・ブラザーズの元CEOが8年間で500億円もの報酬を得ていたことがわかり、メディアでさんざんに叩かれた。その報道を聞いて人々が思い浮かべるのは、「みんなに損をさせて自分だけもうける強欲人」。この「強欲人」のイメージには、ビジネスに対する人々の「ゼロサム」の意識が投影されている。
目の前においしそうなアップルパイが1つあるとしよう。それを10人で奪い合い、資金力のある1人が6割を手に入れる。欲しいと思っていたが資金力のない9人は、残り4割を分け合うしかなく、「あの人ばかりいい思いをしている」と不満を抱く。誰かが得をした分だけ、損をする人がいる。こういう状況を、ゼロサムと呼ぶ。
ビジネスの世界がゼロサムで成り立っていると思い込んでいる人は結構多い。顧客、資産、資源を奪い合って力のある人が勝つ。競争に負けた人は、「損をした」「搾取された」と傷つき、奪い取っていった勝者をうらむ。しかし、僕はビジネスがゼロサムで成り立つことに違和感を覚える。
そうではなく、社会に新しい価値を生み、人々のニーズをより満たすビジネスの世界がある。前述の例でいえば、アップルパイをより多く作る方法を見つけて、10人に2つのアップルパイが与えられるようにする。1人が6割を手に入れても、残りの9人の手に渡る量が十分残っているので、全体的な満足度は高い。アップルパイを多く作ることを実現した人は、手に入れた人たちから感謝され、かつ2倍のお金が動く。この状況をゼロサムに対して、「プラスサム」と呼ぼう。
要するに、アップルパイはマーケットのことである。ビジネスに代表される経済活動の目的は、富を増大させ、それを享受する人を増やし、みんなを幸せにすること。であれば、マーケットを広げる新しい“価値”を創出するプラスサムの状態こそが、ビジネスの正しい姿だ。既存のマーケット争奪戦に労力を費やしても、疲労するだけだ。プラスサムのビジネスによって生み出された付加価値の集まりがGDP(国内総生産)であり、GDPを成長させれば、社会は豊かになる。
では、プラスサムのビジネスモデルは、どうやって生み出されるのか?
僕がいま編集長兼CEOを務める『フォーブスジャパン』は、雑誌単体の価値というより、雑誌に象徴される“ブランド価値”を大切にしている。われわれは、雑誌でもうけようとは思ってない。雑誌とウェブ、イベントという3つの装置を使って、各業界のリーダーや起業家、彼らを支える投資家など、志ある人が集まるプラットフォームを作ることを目的としている。グローバルかつ知的水準の高い情報を得たい、起業家精神をもちたい、未来に投資して世の中を良くしたい――そんな思いをもつ人たちが出会い、共感しあう“場”を、『フォーブスジャパン』を通して提供する。それが、われわれのビジネスモデルだ。
『フォーブスジャパン』は、人を貶めるゴシップ記事は一切扱わない。記事のレベルを高く保つために、一般読者にはハイレベルすぎるテーマにもあえて踏み込んでいる。「いま理解できなくても、いつか『フォーブスジャパン』のレベルに到達できる自分になりたい」という理想を読者にもってほしいからだ。そして、ビジュアルの美しさに細部までこだわり抜く。
これら独自のスタンスを貫くことによって、ファンになってくれる顧客が増え、広告主からもハイブランドの広告がきちんと入るようになった。結果、創刊1年目でまずウェブが黒字化し、2年目で雑誌も黒字化。僕たちは20人のベンチャーだけど、みんながハッピーになるプラスサムのビジネスモデルを築くことで、『フォーブスジャパン』のブランド力を磨き、利益を上げている。
27年間身を置いた金融業界でも、僕はプラスサムのビジネスにこだわってきた。社長を務めた米資産運用会社ピムコの日本法人では、お客さまからいただくフィーは、ファンドマネジャーが市場全体の利回りを上回って実績を上げた分のうち、25~30%くらい。日経平均などのベンチマークがいいときも悪いときも、その平均値以上に実績を上げていれば、顧客に3分の2、会社側に3分の1の利益が与えられる。だから自分たちが運用結果を出してもうかっているときは、それ以上にお客さまがもうかっているということ。このことを説明して、スタッフにはいつも「仕事に誇りをもて」と言ってきた。僕たちは、顧客に損をさせてもうけるリーマン・ブラザーズの元CEOとは違うんだ! という思いでね。
「質のいいリスク」は
積極的に取りに行こう
進んでリスクを取り、成功を目指す米国のビジネス環境と違って、日本人はリスクを取りたがらない。それはおそらく、“取るべきリスク”と“取ってはいけないリスク”を混在しているからだろう。
例えば、前述したゼロサムのリスクは、ビジネスにおいて“取ってはいけないリスク”である。僕からすると、ゼロサムはビジネスではなくギャンブルでしかない。誰かが必ず負けて、敗者になる。実際、競馬や競輪の配当率は50%以下で、平均すると投資した金額の半分しか戻って来ない。あなたが関わった結果、マイナスの利益になる可能性が半分以上ある。遊びの対象としてギャンブル独特の刺激を楽しむならいいが、ビジネスの対象には向かないだろう。たまたま勝つ側になれればいいが、負ける側に回る可能性も十分にあるからだ。
一方、プラスサムのリスクは、“取るべきリスク”だ。マーケットを大きく成長させそうなビジネスモデルをもつ会社やイノベーターの未来を信じて、投資する。または自分自身が、そのような事業を興す主体になってもいい。プラスサムであれば、かかわる人の多くが将来豊かになるはずなので、100%とはいえないが、リターンを信じて可能性に賭ける価値はあるだろう。
何も行動しなければ、リターンを得る可能性はいつまで経ってもゼロ。そうならないためにも、質のいいリスクは積極的に取るべきであり、むしろ取らないことを「怖い」と思うべきだ。
物事を雑駁にとらえず、リスクや成長の種類を見極めて選別していくこと。そのうえで、将来の成長に必要なリスクを積極的に取る。そういう日本人が増えたら、この社会は大きく変わると思うな。
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高野 真
早稲田大学大学院理工学研究科卒業後、大和証券、ゴールドマン・サックス・アセッ ト・マネジメント、ピムコジャパンリミテッドを経て、2014年6月に金融から出版に転じ、 株式会社アトミックスメディア代表取締役CEO及びフォーブス ジャパン編集長に就任。 2015年9月より、Genuine Startups株式会社ファウンダー&共同代表を兼務。日本経済新 聞の連載に寄稿するなど、資本市場全般に関する論文・著書多数。1992年度証券アナリ ストジャーナル賞受賞
☆『フォーブスジャパン』http://forbesjapan.com/
*目次
【前編】誰かが損をするのはあるべきビジネスの姿じゃない
【後編】勝つまでやり続ければ、負けない
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