数年ぶりのベンチャーブームに沸く日本の傍らで、著しい経済発展を背景に、海外からの注目も高まりつつある東南アジアのベンチャーシーン。その現場ではどんな人が起業し、どのような投資が行われているのか? その答えを探るために、シンガポールで投資業を行うIMJ Investment Partnersの堀口雄二社長に話を聞いた。
東南アジアにおけるベンチャーの現況
私は東南アジアのベンチャー企業と日本企業の橋渡しを担うべく、シンガポールで投資業を行っています。
日々、異国の起業家たちと接しているのですが、彼らをひと言で表すとすれば、「冷静と情熱のあいだ」という言葉がぴったりでしょうか。
当然、若い彼らは「大金持ちになりたい」とか「世の中を変えたい」といった情熱に突き動かされています。
まだまだ発展途上の東南アジア市場には、本当に競い合っているのは2~3社だけ、という分野が結構残っているんですね。
プレーヤーが少ないほうが当然勝ちやすいので、狭いフィールドでまず勝ち上がって、短期間でバイアウトしてお金持ちになってやる、そんなハングリーさが窺えます。
先日、インドネシアのバンドン工科大学というところでハッカソンイベントが行われたのですが 何百人というエンジニアが押し寄せました。
日本でやるときの比じゃないですよ。インドネシアでは新卒の初任給は月額3万円程度とまだまだ低い。一方、ITベンチャーで成功すれば、何億円、うまくいけば何十億、何百億円と得られるわけですから、そこには間違いなく「アジアンドリーム」があります。
とはいえ、彼らは何もそうした熱狂や夢だけで起業しているわけではありません。実はその裏側には、緻密な計算があったりもします。そもそも東南アジアで起業するのは、地元のエリートというより、ハーバードやINSEAD(インシアード)など欧米の一流ビジネススクールでMBAを取ったとか、大手外資系企業に勤めていたような人材が多いんです。日本のベンチャー業界と比べて、ピカピカのグローバル学歴やキャリアを持っています。
そんな彼らは、先進国の事例をかなり研究しているので、先進国とほとんど同じ製品を作って、
これから成長著しい東南アジア市場に投入すればある程度は成功するだろう、というきわめて冷静でロジカルな一面も持っていたりします。
まさに「冷静と情熱のあいだ」。日本とはまた違った一面が垣間見れて、すごく面白いですよ。
前例のないサービスに、どうやって投資するか?
東南アジアから生まれた世界的なサービスというのは、まだテクノロジーの分野では出てきていませんが、「東南アジアだからこそうまくいっている」というサービスはいろいろあります。
たとえば「送金プラットフォーム・ビジネス」。東南アジア諸国の特徴は、圧倒的に低所得者層の比率が高いことです。フィリピンでは、銀行口座を持っている人は人口のたったの30%程度で、クレジットカードに至っては約3%しか持っていません。
しかし出稼ぎ労働者が多いから国内外の送金は活発で、要するに銀行ではなくエージェントを介して送金する仕組みがあるわけです。
海外で働く在住者などから年3兆円もの送金がされていて、これがフィリピンの個人消費を支えています。
シンガポールでも、土曜日になるとエージェントが送金カウンターを設置して、
フィリピンの出稼ぎ労働者はその週にもらった手取りを持ってきて、母国の家族に送ります。
このような状況があるので、私はエージェントと国内外の労働者をつなぐプラットフォームを提供するベンチャーに勝機があると考え、
投資を行いました。先進国ではありえないビジネスですよね。他にも、インドネシアの農業従事者約4000万人を束ねようというプラットフォームにも投資しました。
インドネシアは農作物の生産性が異常に低く、半分ぐらいしか実りません。そこで、この時季にはこの肥料を使うべきだとか、
台風が来るから気をつけろとか、作物を効率よく耕すための情報を流すプラットフォームがあれば劇的に改善するのではないかと思ったのです。これも、他に例のないユニークなビジネスかと思います。
こうした成長途上の国ならではのオリジナルのサービスに投資できるのが、東南アジアで投資業を行う醍醐味なのですが、
今まで類似例がないビジネスに対してどうやって投資判断を下せばいいのか。そこには、いくつかの判断基準があります。
まず、潜在的な市場規模が大きく、そのサービスやプロダクトによって社会にインパクトがもたらされるかどうか。
つぎに、経営陣に過去の成功実績があるかどうか。
そして最後に一番重要なのは、彼らと一緒にやろうとしているパートナーは誰か、ということ。
先ほどのインドネシアの農業従事者向け情報プラットフォームでいえば、地元の大手通信キャリアがすでに一枚噛んでいます。
農業従事者はモバイル端末を持っていているので、SMS(ショートメッセージサービス)の仕組みをうまく使って、サービスを展開しているんですね。
世の中に全くなかったようなものを生み出すには、少数のベンチャー経営陣だけでは限界があります。
しかし、もっと大きなところが何かしらのチャンスを見てとって支援しているのだとすれば、投資してみようと思えます。
事業を発展させるために大手をちゃんと巻き込めているかどうかを、しっかりと見たいと思っています。
昨今、自社技術を他社が持つ技術やアイデアと組み合わせて革新的なビジネスモデルにつなげていく「オープンイノベーション」という考え方が広まりつつあります。優秀な起業家と大きな経営資源を持つ大企業との協業は、世界的に見ても、これからの時代の鍵になっていくはずです。
事業計画書は、起業家を成功に導く海図だ
私が強くこだわっているのは、全く世の中になかったサービスだとしても事業計画書は詳細に見る、ということです。
経営陣が財務的な結果を出すプロセスをしっかり理解しているかどうかは、本当に大事なんですよ。起業したばかりの段階では財務諸表なんて書いてもしょうがないという風潮もありますが、それを書けないということは、きちんとゴールを設定できてないということと同じだと考えています。
仮に書いたことがないというのであれば、私が書き方を教えるところまでコミットします。
事業計画書は、綿密に書いているうちに必ず発見があるものなんですよ。たとえば、「あなたのいうビジネスプランは、事業計画と全くリンクしていないじゃないか」と指摘すると、そこで初めて計画の甘さにハッと気づいたりします。そうやって、事業の一つ一つのステップがわかっていくものなんです。
このようにアドバイスができるのも、私がこれまでのキャリアで事業の成長サイクルを全部見てきたことが大きいですね。
新卒で入ったリクルートでは、新規事業開発のサポートに加え、あるメディア事業の責任者として紙からネットへのシフトや競合潰しといったビジネスの成長段階を経験しました。
その後IMJでは、投資先企業のターンアラウンド(事業転換)などにも関わってきました。
このように、企業の成長のすべての段階に取り組んで得た結論が、やはり事業計画は大事だということなんですね。
起業家には、ファンタジスタとか芸術家気質といえるような変わり者が多い。それはそれで大変魅力があるのですが、彼らはキャッシュがいつまで持つかわからず、いま自分たちがどのポジションにいるのかもわからないままに突っ走って、山にぶつかっていくような人たちなので、サポートする人間がいなければ、ほぼ失敗してしまいます。「今ここにいるけど半年後にはここに行ってなきゃダメだ」などと彼らをガイドするための海図が、事業計画書なんですよ。
投資にしても起業にしても、自分たちだけでは何もできません。お互いの間で良きパートナー関係を築くことこそが大事なのです。数々のビジネスを見てきた者として、起業家をうまく導くこと。それこそが、私たち投資家の役割なのだと思っています。
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堀口 雄二 (ほりぐち ゆうじ)
1987年リクルートに入社。リクルートの主力事業のひとつ、メディアプロデュースの責任者として7誌の編集長に就任。2005年にアイ・エム・ジェイに執行役員
として入社。2008年より同社CFOに。2012年IMJグループにおける投資事業を行うIMJインベストメントパートナーズを設立し、よりグローバルカンパニーを目指すために2013年2月に新たな会社を設立し、自ら生活拠点をシンガポールに移して投資事業を
行う。株式会社IMJインベストメントパートナーズ 公式ホームページは こちら
出典:インベスターZ10巻巻末記事
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