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民間、しかも社員わずか二十名足らずのベンチャー企業が人工衛星を作って運用する――。そんな夢のようなビジネスを、世界に先駆けて実現した起業家がいた。彼はどのようにして「ファーストペンギン」となり、起業を成功させることができたのか。

 

■機能を限定しコストを抑える超小型衛星

宇宙ビジネス――。具体的には、超小型人工衛星の設計開発事業をするため、2008年に起業しました。 人工衛星から得られる情報や画像を他の企業のサービスと組み合わせて新しいビジネスを作り出す。それが私たちの主なビジネスの形です。ただ、一般的にはそうした事業も、宇宙ビジネス自体も、まだまだ馴染みがないかもしれませんね。人工衛星を打ち上げたり、宇宙空間を使って事業を展開するのは、国家やそれに準ずるパブリックな組織が行なうものだという印象も強いでしょうし。

 

たしかに大型の人工衛星は、国家的プロジェクトとして、何百億円単位の予算が投じられるものです。利用される分野は安全保障、通信放送、気象観測、科学観測までと幅広く、また私たちのスマートフォンにも搭載されているGPS機能も衛星から情報を使っていることはよく知られていますね。活用の場は広まりつつあります。

対して私たちが開発しているのは、規模としては比べものにならない超小型の衛星。両手で抱えられるくらいの大きさしかありません。その小ささゆえに中に積み込める機器が限られ、能力面では大型衛星にかないません。 例えば、ハリウッド映画に出てくるような「衛星画像で車両追跡」といったことは、超小型衛星では現実不可能なんです。

ですがその分、コストは大幅に抑えることができます。国家プロジェクトは高い信頼性と確実性が求められ、失敗のリスクを極力回避するための措置もしなければならぬ関係上、どうしても予算がかさんでしまいます。そこへいくと私たちの場合は、同じ衛星といってもまったく別物を作っている感覚です。検証用の材料くらいであれば、オフィスと製作現場を兼ねる東京・神田小川町のすぐ近く、秋葉原までちょっと出向いて調達してくる感覚ですからね。

結果として、コストやサービス提供の単価は、大型衛星の百分の一レベルにすることも可能です。この気軽さと安さに、新しい市場があるはずだと私たちは考えています。街にあるのが高級レストランだけでは、使える頻度も状況もあまりに限定されてしまう。もっと日常的に誰もが使える大衆食堂だって必要じゃないですか。そこを担おうというわけです。

 

■マーケットも見通しもないまま起業

最近でこそ、宇宙ビジネスを手がけるベンチャー企業も、世界を探せば出てきました。でも、私たちが始めた2008年当時は、民間では誰もそんなことをしていなかった。ではなぜ、私は起業をしようと思ったのか。いや、自分でも不思議ですよ。今から思えば、かなり向こう見ずでした。先例もマーケットもなく、新たな市場を生み出せる見通しも特にないままでしたから。    

もともとは、学生時代に超小型衛星の開発に取り組み続けていた経験と技術を、みなさんにぜひ使ってもらいたいという思いがあった。その強い気持ちだけを支えにして、大学発ベンチャー支援制度を活用しながら、起業にこぎ着けました。 アドバイスを訊く相手もいない状態でしたが、かえってそれがよかったのかもしれません。もともと起業を志していたわけではないので、あれこれ苦労話なんかを耳にしていたら、きっと最初の一歩を踏み出せなかったに違いありません。

 

思うに、「こういうことを実現したい」という明確なビジョンさえあれば、最初の一歩としてはそれで十分ではないでしょうか。自分の会社を設立することは、目的ではなくてあくまでも手段です。必要ならば組織をつくればいいし、そのために特殊な知識や技能がいるのなら、できる人に仲間になってもらえばいいんですよね。

 

■小さい衛星のニーズを見つける

とはいえ当初の私には、あまりにも会社や経営についての知識がありませんでした。いろいろ手探りで進めるなかで、何より大変だったのは顧客開拓です。 ベンチャー支援制度を受けている間に、たくさんのお客様のもとを回って話をしました。宇宙にかかわる珍しいことを話題にするので、みなさんおもしろがって聞いてくださる。ただ、いざ具体的にビジネスをとなると、「考えておきましょう」で終わってしまう。こちらも衛星作りで手いっぱいの状態で、突っ込んだ提案がなかなかできなかったのも問題でした。

このままでは立ち行かない、という時に、気象情報サービスの提供を手がけるウェザーニューズ社から声をかけていただきました。最初にまとまったのは、将来的な活用が見込まれる、北極海における船舶航路の安全を確保するために、超小型衛星を活用するプロジェクトです。

世界の海を航海する大型タンカーは、少しでも航路を短くすれば運航費が莫大に浮きます。日本と大西洋を行き来するのに、多くは赤道近くを通るルートを採用しますが、氷さえうまく避けることができれば、北極海を抜けるルートのほうが航路をかなり短縮できます。 安全を確認するのに、地上から観測するだけでは難しい。そこで衛星画像を用います。 しかし、大型衛星の撮影した画像は非常に高精細ではあるものの一枚百万円程度と非常に高価で、あまりにもコストがかかりすぎてしまいます。 それに比べて超小型衛星は搭載望遠鏡レンズが小さく、高精細な画像は撮れませんが、航海の邪魔になりそうなほど巨大な氷塊なら問題なく発見することができるので、ここにビジネスとして成立する条件が整います。

小さい衛星でも、ニーズにしっかり応えられると証明できました。これが民間企業による超小型衛星ビジネスの初の例となりました。

 

■宇宙に小型衛星のインフラを築く

これからは私たちの手で、宇宙空間の基本的なシステム――インフラを整えていこうと考えています。私たちが打ち上げている衛星の数は、まだ限られています。これをもっとたくさんに増やせば、提供できるサービスの幅は格段に広がります。 そのために今、投資を募っています。以前よりも宇宙ビジネスへの理解も深まっていて、事業計画に耳を傾けてくださる方はどんどん増えていますね。

現在は、とくに国内の投資家に興味を持ってくれる方が多いので、彼らを中心に話をしています。理由は、私たちが開発している小型衛星と、日本の技術力との強い関わりにあります。私たちの衛星は、日本の中小企業の高い技術力のおかげで圧倒的な低コストでの製造が可能になっています。日本を拠点に会社を発展させたいという思いも大きいですね。

日本でもソフトウェアベンチャーへの投資は一般的になっていますが、ハードウェアベンチャー、とりわけ人工衛星のような初期費用の大きな新ビジネスへの投資となるとまだ動きが鈍いのが現状です。 ただし、少しずつ状況はよくなっていると感じています。 6年前に起業したときのことを考えれば、宇宙ビジネスやベンチャーを取り巻く環境は随分変わりましたし、今後はもっと大きく変化していくでしょう。

民間企業が人工衛星を作ることはもう、珍しくなくなっているはずです。そうなると、国際的な主導権争いや価格競争も生じてくる。そこで負けないようにノウハウを積み重ね、衛星の開発だけでなく、しっかりとした独自のサービスを提供できるようにしていきたいですね。 宇宙にロマンを感じるのは誰しも同じ。そこに留まらず、ロマンある宇宙をもっと身近に、当たり前に利用できるものにしていけたらと思います。

 

  • 中村 友哉 (なかむら ゆうや)

    株式会社アクセルスペース 代表取締役1979年三重県生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。在学中に学生手作りの超小型衛星XI-IV、XI-V、PRISMの開発に携わり、卒業までに合計3機の衛星に関わる。その技術を社会で役立てたいという思いから、2008年にアクセルスペースを設立。 株式会社アクセルスペース 公式ホームページは こちら

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