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橘川教授

インベスターZでは、「お金の歴史」をたびたび紹介している。
古代からのお金の歴史や江戸時代の大阪における世界初の信用取引、日清日露戦争時の株式市場、ヨーロッパ3大バブル、昭和期の無尽、太平洋戦争時の貯金誘導など……。
学校で習う歴史は政治史が中心で、こうした経済史はほとんど扱われない。
だから、なぜ日本がここまで経済的に豊かな国になったのか、ほとんどの人は知らない。もし歴史を知れば、現代のカネ事情もより分かりやすくなるはずだ。
経営学・経営史、エネルギー産業論を専門としており、株式市場の歴史にも詳しい経営史学者の橘川武郎氏にお話を訊いた。

 

歴史はくり返すが、
全く同じことは二度と起こらない

 「何事も歴史に学べ」といったことがよく言われていますが、ただ過去に起きたことをそのまま知識として仕入れても、あまり意味はありません。たとえば、経済史を見れば、オランダのチューリップバブルや日本の土地バブルなど、バブル崩壊は何度も起こっていますが、いくらその経緯を知ったとしても、バブルは起こり続けますよね。絶対に安全だと思われていた株式や通貨が、たった一日で暴落して、大損する人が大勢いる。こういったことは、人間が過ちから何も学ばないから起こるのではありません。そもそも歴史とは「そういうもの」なのです。そのときどきによって国や経済、社会の状況がまるで異なるので(専門的には「歴史的文脈=コンテクストが異なる」と言います)単純に「過去」と「現在」とを比較できないし、「過去」から「現在」を100%予測することもできないのです。

では、歴史を学ぶ意味なんてないのかといえば、そんなことはありません。わたしは、歴史を学ぶということは「理論」と「現実社会」とのズレを明らかにすること、だと考えています。たとえばこんな話があります。1997年にアジア通貨危機が起こったとき、韓国とマレーシアは大打撃を受けて経済が破綻寸前にまでなりました。そこで韓国政府は、世界銀行やIMF(国際通貨基金)の言うとおり、いわば経済理論どおりに経済政策を打ち出し、なんとかV字回復を成し遂げます。面白いのは、マレーシアです。マレーシアは韓国とは違って、従来の理論をまったく無視して、世界銀行などが「絶対にやっちゃいけない!」と言っていたこと、つまりマレーシア通貨と外国通貨の取引に政府が介入して、同じく劇的な回復を成し遂げたのです。つまり、決して世の中は理論どおりに動くとは限らないんですね。

 そこで歴史の出番。なぜ、理論的にはありえないマレーシアのようなことが起こったのか。理論と現実との間にはどんなズレがあって、それはどのようにすれば解消できるのか……そういうことを研究し、理論をバージョンアップさせたり、新しい方法論を生み出したりしていくのが「歴史を学ぶこと」なんですね。よく言われる「歴史に学ぶ」という言葉が「過去に起きたことを教訓とし、間違いを繰り返さないようにする」という意味だとしたら、それは歴史の本当の面白さ、そして本質を表してはいないのです。

 

「歴史を学ぶ」とは、「正解」ではなく
「物語」を見つけ出すこと

歴史とは何かという問題を、少し別の角度から説明してみましょう。
歴史は英語で「HISTORY(ヒストリー)」と書きますが、この単語は歴史の本質を端的に表していると思います。
「I」と「S」の間で言葉を区切ると、ハイ(HI/high)・ストーリー(STORY)。私の解釈では歴史とは、「高度な物語」なんですね。
たとえば、関ヶ原の戦いを肉眼で目撃した人は、現代では誰ひとり生き残っていません。当然、写真も映像もなく、文献などといった当時の「史料」しか残っていない。その状況から、なぜ関ヶ原の戦いが起こったのか、戦いの結果どのような影響を社会に及ぼしたのか、などといったことを考えていくわけですが、これは「史実(真実)」を明らかにするというより、「物語」を見つけ出していく作業に近いと言えます。
限られた史料をどう読み解くかによって全然見え方が違ってくるし、新しい史料が発見されることで、これまでの解釈が180度くつがえされることもあります。つまり歴史学とは、唯一絶対の「正解」を求める学問なのではなく、「現在、どの物語がいちばんよく現実を説明できているか」ということを考える学問なのです。さきほどのマレーシアの例もそうでしたが、答えは決して一つではありません。解釈する人によって答えは無数にあります。そういう意味では、中学や高校で習う「歴史」は、わたしの言う歴史とは違います。基本は受験のための「正解の暗記」であり、物語(コンテクスト)も一つしか教えてくれません。

たとえば、「奴隷とは何か?」という問いについて考えるとき、実は定義(解釈)によっては、日本は江戸時代の直前まで奴隷制であったという見方もできます。ですが、奴隷なんて言葉は世界史に登場するだけで、日本史の教科書には一切出てきません。どの学校のどの教室でも、基本的には「学習指導要領が決めた物語」しか、生徒に見せていないわけです。
 このように、一つの視点や方法、理論しか得られないようなものは歴史とは言えません。だからみんな歴史が大嫌いになってしまうのだと思います。暗記なんて誰にとっても苦痛で、つまらないものですからね。誰もがもっと自由に、もっと大胆に、史実を解釈してもいいのです。
 そういう意味で『インベスターZ』は、独自の視点で物語を描く、歴史の絶好の教科書だと言えるのかもしれませんね。

 

「日本人はリスクを取らない」
 は本当か?

 わたしは、大学の授業でいちばん最初に、「これから話すのはあくまで私の物語(歴史観)であり、君たちには自分の物語を描いてもらわないと困る」と生徒に語っています。
 つい先日、こんなことがありました。わたしが「今の学生は変に保守的になっていて、リスクを取らないと思われている」といった話をしたら、「日本人はもともとリスクを取れない民族ですから」といった答えが返ってきたのです。でも、本当にそうでしょうか?
 わたしの解釈では、決してそんなことはありません。歴史をきちんと知れば、そんなふうに考えることのほうが、逆に難しくなるでしょう。
 たとえば、みなさんは「鈴木商店」をご存じでしょうか。第一次世界大戦前後に大儲けをし、一代で世界最大の商社にまでのぼりつめた企業なのですが、この会社のことを知るだけでも、「日本人とリスク」の捉え方は変わってくるでしょう。

 神戸の砂糖商から始まった鈴木商店は、番頭自らが「三井物産と三菱商事とともに天下を三分割する!」と大胆に宣言したくらい、「攻め」の姿勢の企業でした。世界初の「三国間貿易」(自国以外の二国間での取引を仲介することで自国が儲ける方法)や「一船売り」(荷物だけでなく船や船員サービスまで丸ごと商品として売る方法)といった、リスクの高い超積極的手法によって、巨大総合商社へと急成長していきます。

 絶頂期には、当時の日本のGNP(国民総生産)の約1割におよぶ売上をあげていたとさえ言われていますが、明治や大正時代には、鈴木商店のようにきわめて“投資的”な経営によって大きな成長を遂げた企業が山のように存在しています(ものすごく面白い話ばかり転がっているので、ぜひこの時代のことを自分で調べてみて下さい。ちなみに鈴木商店は、その後の紆余曲折を経て、現在の総合商社・双日となっています)。当時の日本が元気だったのは、鈴木商店のように、しっかりとリスクを取る会社がたくさん存在していたからです。決して日本人はリスクを取れないわけでも、投資が苦手なわけでもないのです。現代の日本でも、海外に打って出たり、外資系企業をどんどん買収することで成長したりしている企業は何社も存在しています。もしあなたが「日本人はリスクが取れない」と捉えているのだとすれば、それは本当の意味での歴史を知らずに視野が狭くなっているか、そう思い込みたい何かしらの「理由」があるのでしょう。

 この本を読む若い人には、広い視野で物事を捉えることで、自分なりの「希望ある物語」を描いていってほしいと思っています。    

 

  • 橘川 武郎 (きっかわ たけお)

    1951年生まれ
    日本経営史学会会長。
    一橋大学商学研究科教授を経て、2015年4月から東京理科大学イノベーション研究科教授。 専門分野は日本経営史、エネルギー産業論。特にエネルギー産業に関する著書多数。 最新刊『日本の産業と企業』(平野創・板垣暁との共編/有斐閣)は就活生向けに書かれており、歴史をふまえて各産業の「物語」を知ることができる。

インベスターZで扱っている「経済の歴史」 1巻 貨幣の歴史
2巻 アメリカのゴールドラッシュ
3巻 貯蓄推進の時代
4巻 日米国家戦略の歴史
5巻 日露戦争直後の株式市場
6巻 日本“国運”史
7巻 幕末~明治に成功したビジネス
……今後、太平洋戦争時の株式市場や、為替の歴史なども登場!?

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