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白根 誠 蒙古タンメン中本店主

1960年生まれ。1998年に先代中本正氏の「中国料理中本」閉店により、2000年、板橋区桜川に「蒙古タンメン中本」上板橋本店を二代目店主として開店。現在は東京を中心に16店舗を展開する

一度食べたらやみつきになる「辛うまラーメン」。東京在住の読者なら、蒙古タンメン中本を知っているだろう。店頭の写真でおなじみ、鉢巻・腕組みをした男性は、実は中本さんではない。インベスターPの一人、さくらちゃんのお母さんと同じく、中本は他人の店舗を受け継いだ「居抜き起業」なのだ。常連の熱意によって店が蘇った、中本のストーリーを紹介しよう。



投資や株なんて 俺には関係ねえ!

汗水たらさない働き方って、ウチとは正反対。投資? 株? そんなこと、俺は興味ないね。株の運用ってずっと家にこもってモニター見てるんだろう? 金もうけの達人になるのも、精神的に大変だろうな。

俺たちラーメン屋は、毎日体張って仕事してる。笑顔で腹から元気な声を出して、体を動かして汗水たらす。特に中本のラーメンは、鍋振るから体力使うよ。大体のラーメン店は、寸胴でスープ取ったら完成。

もちろん、うちも基本のスープは取るけど、中華鍋で肉・野菜を炒めてじっくり煮込んで味を出していく。そりゃあ手間がかかるわけ。でもそのおかげで、具材が柔らかくなり、さらにコクやうま味が増して、最高のラーメンができるんだ。

俺はときどき創業者と間違われるけど、うちの店を作ったのは先代のおやじさん(中本正氏)。先代から引き継いだので、俺の苗字は中本じゃなくて白根。中本の味を知ったのは、俺が二十歳くらいのころ。

もう三五年も前の話だ。風邪を引いたときに、「ここのラーメンを食べれば一発で元気になる」と言って友達が上板橋の駅前にあるラーメン屋「中国料理 中本」に連れて行ってくれた。

うまいと評判の店で、行列ができていたからそりゃもう期待したのに、辛くて最後まで食べきれなかった。実は俺、甘いものが好きで、辛いものはどっちかつうと苦手だったから(笑)。

友達に文句垂れたけどもう一回連れて行かれて、そのときに「ん?」と引っかかるものがあって、三回目にはスープまで飲み干した。「なんだこれ、すげえうまいじゃん!」と思って、それからどっぷりハマったよ。

最初に食べたのは初心者向けの「味噌タンメン」。そっから辛さのランクを徐々に上げて、何年かかかって一番辛い「冷し味噌ラーメン」にたどりついた。いまでも両極端なこの二つが好きで、しょっちゅう食べてるよ。そのときは社長じゃなくて、ただの「中本ファン」になっちまう。



中本は俺にとって 唯一無二の店なんだ!

当時から俺は「日本一の中本ファン」を自負してた。一九九八年に先代が店をたたんだとき、ショックだし食べられないのがつらいと思った。俺の食生活は三分の一を中本の世話になってたからね。

それから有名な辛いラーメン店を食べ歩いたけど、何かが違う。やっぱり俺は中本の味じゃなきゃだめなんだと気付いて、いてもたってもいられなくなって「俺が店をやる!」と決心した。

先代に会ってもらい、二時間かけて中本のラーメンへの愛と店を継ぐ決意を話してさ。俺の思い、伝わったかな?と思ったら、「他のラーメン屋でやりなよ」とあっさり断られちゃった。

ガクーッと来たけど、先代は頑固で一筋縄でいかない親父だったから、いったんは諦めた。でも未練があるから、ことあるごとに電話して。あるときから飲みに行ったり、他のラーメン屋なんかにも連れて行ってもらえるようになったんだ。

親しくなるうちに「まだ俺にもチャンスがあるかも」と勇気が出てきて、もう一度必死に頼み込んだ。中本の味がどうしても忘れられないってね。

一週間後に「わかった。継がせる」と言われたときは、「やったー!」って天にも昇る思い。もうさ、人生の中であんなにうれしいことはなかったね。半分は、「また中本が食える!」って気持ちだったけどさ(笑)。

それからは、先代とおかみさんから、味と接客の心構えといった飲食店のイロハを教えてもらう日々が始まった。先代は礼儀・礼節に厳しくて、ふだんは温厚だけど筋の通らないことがあると瞬間湯沸かし器みたいにカーッと怒る。

俺も若いころ結構やんちゃだったけど、先代の言うことには何でも直立不動で「はい!」。あいさつから言葉遣い、筋の通し方、生きる上で大切なことはすべて先代から学んだね。

屋号も先代からつけてもらったのだけど、最初は「蒙古タンメン中本にしろ」と言われて「えー、かっちょわりい!」。だってメニューが店名に入っているなんて、喫茶店が「ミックスサンド中本」とつけるようなものでしょ(笑)。

でも先代には逆らえないから、そのまま使わせていただいた。今となっては、インパクトがあって覚えやすくて、いい名前だと思ってる。

本店のオープン初日はすごい人だったな。先代の店が閉店してから一年ちょっとの間、待ちわびていたファンがどっと押し寄せてさ。

今みたいにインターネットが普及していなかったし、お金がなくてチラシも作れなかったから、開店のお知らせは店のシャッターに「2000年2月に中本復活!」とスプレーで描いただけ。

それが口コミで伝わって、元の常連さんたちが「復活してくれて嬉しかった」と何人も言ってくれてさ。継いでよかったって本気で思ったね。

今も昔も、中本があるのは熱狂的なファンのおかげ。だから俺たちは、先代が築き上げた味と接客を大切に守っていかなきゃいけないわけ。今後の目標は「全国制覇」。自慢の味を日本中の人に食べてもらいたいね。

かといってフランチャイズで次々と出店なんてことは絶対にしない。二週間くらいの研修で「さあ、どうぞ」って看板を渡すなんて、中本を甘く見ちゃいけねえ。そういう話をもってくる連中もいるけど、「中本なめんなよ」って言って断ってる。



トップになりたきゃ うちに来な!

うちのスタッフはみんな笑顔で、元気に接客してる。それってお客様のためだけじゃないんだ。

自分も仕事を楽しめて、お客様から「ありがとう!」「美味しかったよ!」なんて笑顔で言われたらうれしいし、さらにパワーももらえる。仕事は大変でも、元気が出るから不思議だね。

屋外のイベントなんかにもよく出店するんだけど、いろいろなお客様が「本物の白根さんだ!」「いつも〇〇店で食べてます。美味しいラーメン、ありがとうございます!」とか言ってくれて、「ありがとうございます」って頭下げたいのはこっちですよ。

店のファンになってもらってお礼まで言われるんだから、ラーメン屋やってて良かったってつくづく思ったね。

投資家が汗水たらさずに金を稼ぐのをうらやましいとは思わない。俺の価値観は変わらねえが、『インベスターZ』を読んでみたら理解できるところもあったな。

株や投資でお金をもうけて車を買いたいとか、いい家に住みたいとか、女の子にモテたいとかっていうことは、意欲もなく、何の目標も持たない平凡で当たり障りのない人生よりはアリだと思う。

ただ株でもうけたお金は自分のためだけじゃなく、将来性のある起業家や研究者に投資して、その事業や研究が世の中のためになるようだったら良いことだし。

ウチは店舗で「仕事を通して人を育て、成長させ、経営者としてできる人間」を作っている。そして「のれん分け制度」で独立させ、自分の店を持たせ、その地域でお客様にラーメンを食べて喜んでいただき、幸せな気分になってもらえて、それで日本を元気にできれば本当に最高だ。

先代から引き継いだ「生きる基本」を若い人に伝えることが、今の俺の役割だと思って気合入れてる。

だから、草食系でもツッパリでもなんでも来い! 中本のラーメンみたいに、パンチがきいてコクがあって、本当にうまい人生の味を俺が教えてやるからさ。(終)

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