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    担当編集まほぴ 2019/03/11 07:00

    学び方を学べ!ドラゴン桜公式メルマガVol.095【2019年3月11日(月)配信】

    Mmbaner oshiro

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    学び方を学べ!ドラゴン桜公式メルマガ

    2019年3月11日(月)

    【Vol.095 取材記事・コラム版】

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    月曜日7時・木曜日0時の週2回配信

     

     

    こんにちは!担当編集まほぴです。

     

    月曜日は取材記事・コラム版配信!

    今週も #ドラゴン桜メルマガ をお楽しみください!

     

     

    ◇目次◇

     

    1.

    たらればさん、教えてください!

    古典が好きになる話

     

    2. 

    社会はただの暗記科目じゃない!

    社会講師・伊藤賀一先生インタビュー

     

    3. 

    目指せ年間100冊!

    最強の読書法『ペア読書』

     

    4.

    アウトプットが人生を変える!

    スキマ時間でできるSNS発信術

     

    5.

    角田陽一郎の

    最速で身につく勉強法

     

    6.

    大人でも実践できる!

    ドラゴン桜流英語学習法

     

     

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    1.【連載】

    たらればさん、教えてください!

    古典が好きになる話

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    【メルマガ第五回】

     

    「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」小野小町

    (春の長雨のなかでふと庭に咲く桜をぼんやりと眺めていたら、いつの間にかずいぶんと時間がたってしまいました。桜の花びらは色あせ、まるであまり深く考えずに生きていたら、気づくとすっかり年老いてしまったわたしのように…)

     

     美人は好きですか。わたくしは大好きです。美しいものを見ると、「いま生きている、この世界とそこに住まう自分」がほんの少し肯定されるような気がします。あぁ、辛いことも悲しいことも、醜いものも悪いこともあるけれど、美しいものもあるんだと。

    「真」も「善」も難しくてよく分からないし、だいいちどこにあるのか知らないけれど、「美」は厳然としてここにあるんだなぁと。

     はい、こんにちは、たらればです。別に辛いことがあったわけではありません。絶好調。

     

     皆さん「美人といえば?」と聞かれて誰を思い浮かべるでしょうか。

     女優さんだったりアイドルだったり二次元キャラだったり、人によってさまざまだとは思います。けれど老若男女、日本語話者全員にアンケートをとったら、おそらく1位に輝くのは小野小町ではないかと思います。

     いまでも「〇〇小町」といえば美人を指しますね。もちろんこの元ネタは小野小町です。

     今日はそんな、小野小町と彼女の詠んだ表題歌について語ってみます。

     

     上述のとおり、小野小町は日本語文化圏において、長い間「美人の代名詞」とされてきました。それにはもちろん、いくつか理由があります。

     そのひとつに、小野小町には「歌以外の情報がほとんど残っていないこと」が挙げられます。小野小町は本名や生没年はもちろん、親や主人、経歴や恋人が誰だったかも伝わっていません。

     ただ詠んだ歌だけ。手掛けた作品だけが残っています。随筆家の白州正子はこの、作者にまつわる情報がすべて歴史の闇の向こうに消え去って、ただただ作品だけ、作品の力だけで後世に残る状況を、あらゆるクリエイターの夢だと語っています。

     小野小町の名前で勅撰集に入った歌は六十五首あります。ほとんどが一途な恋の歌であり、そうした歌の調べのなかに彼女の人となりを見ると、それはもう絶世の美人が想起されるのです。

     

     そしてもうひとつ、重要なポイントがあると考えております。

     それは、小野小町が生きた平安前期から約400年後、めっちゃ長生き天才絵師・藤原信実(1176 - 1265)が描いたとされる「佐竹本三十六歌仙絵巻」がポイントなのだと、わたしは結構本気で思っています。

    「佐竹本三十六歌仙絵巻」、大変有名な絵巻ですからご存じの方も多いと思います。この最も古く、最も格式の高いとされる歌仙絵は、万葉時代から平安中期まで、足掛け280年間に活躍した歌人三十六名が描かれた絵巻です。

    (現在は各歌人ごとに切り離されて、それぞれ重要文化財になっています。ちなみに今年10月、この歌仙絵巻が約100年ぶりに過去最大規模で集められ、京都国立美術館で展示されます。わたしは必ず見に行きます。https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/19333 )。

    (さらに余談を重ねると、この「佐竹本三十六歌仙絵巻」、成立年が藤原定家の「小倉百人一首」とほぼ同じ時期なのは、偶然ではないと考えています。つまり鎌倉時代初期のこの頃、小倉百人一首と同じく王朝文化の煌びやかさを示す必要が、作者である藤原信実にはあったのでしょう。このことも、本連載後半に再び語ることになります)

     

     さておき。

    「佐竹本三十六歌仙絵巻」をどこかで目にした方も多いと思うのですが、ではこの絵巻において、美人の代名詞である小野小町はどのように描かれているのか。

     はい、ピンときた方もいらっしゃると思います。わたしも何度かツイートした覚えがあります。

     三十六枚のなかで唯一、彼女は後ろを向いて顔を見せていないんですね。

     https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=443

     

     豊かな黒髪と典雅きわまる衣装が広がる美しい構図のなかで、ややうつむきながら詩作にふける小野小町のその後ろ姿は、連綿と人々の想像力をかき立て続けています。

     そう、大切なのは想像力なのです。

     百人が見たら百人が百人なりの「美しい姿」を想像すること。その仕掛けこそが小野小町を最強の美人に仕立てたといえるでしょう。

     

     冒頭の歌に戻ります。

    「うつりにけりな」の「な」は詠嘆を表す終助詞です。「いたづら」は役に立たないこと、無益であるさまを示す形容動詞。

     むなしく過ぎてしまった恋の日々、時の流れの切なさと悲しさが、この歌には込められています。

     しかし、とも思います。この歌には「人生の悲しみ」や「切なさ」だけでない、時の移ろいを慈しみ、噛みしめ、前に踏み出す気持ちも詠み込まれているのではないかとも思うのです。

     

     たとえば、「雪月花」という言葉があります。

     雪と、月と、花。

     日本における「伝統的な美」を感じるものの組み合わせを指していて、もともとは白居易の『寄殷協律』という詩の一句「雪月花時最憶君(雪月花の時に、最も君を思い出す)」とも、『万葉集』にある大伴家持の和歌「雪の上に 照れる月夜に梅の花 折りて贈らむ 愛しき子もがも」とも言われています(このエピソードは『枕草子』にも登場しますね)。

     現代にもさまざまな分野に影響を及ぼしていて、たとえば宝塚歌劇団の組み分けは、長く「月組」、「花組」、「雪組」でした。

     

     雪と月と花の美しさの最大の特徴は、変わってゆくその姿を愛でるところです。雪も、月も、花も、時々刻々とその姿を変えてゆきます。雪は解け、月は隠れ、花は散る。変わるからこそ美しい。

     もちろん世界には、ある瞬間を閉じ込め、くぎ付け、「普遍的であること」を愛する文化もあります。しかし「日本的な美」はそうではありません。変わってゆくもの、変わってゆくその過程こそを愛する文化なのです。

     

     いっぽうわたしたちは、21世紀に生きています。現代的な価値観に照らすと、どうしても「若さ」に価値を置いてしまう傾向があります。女性の容姿に言及する場合は、特にその傾向が強くなると言っていいでしょう。

     そうした先入観を持って冒頭の「花の色は…」の歌を詠むと、年を取ってしまった小野小町は、無為に過ごした若かりし頃の自分の愚かさと人生のむなしさに、ただただ絶望しているように見えてしまいます。

     しかし前述のように、「変化するさま」そのものを愛する価値観を中心にして考えてみるとどうでしょうか。

     花の色は変わってゆく、わたしの容姿も変わってゆく。かつて恋をしていたあの頃の自分はもう変わってしまった、恋した相手ももういない。むなしい、切ない。ここまでは同じですが、しかし「これからもまた、変わり続けるだろう」という含意があるように思えてくるのではないでしょうか。

     もしかしたら小野小町は、あの歌を通して「明日からはりきって新しい相手を見つけるぞ!」と言いたかったのかもしれないし、若い友人に対して「だから変わり続けることを恐れないで!」と言いたかったのかもしれません。

     冒頭に記した「花の色は」という、藤原定家が「古今第一の歌」と称した和歌史上に残る一首をどう解釈するかは、あくまでも読み手のわたしたちの想像力に委ねられているのです(この「解釈の余地」こそが、和歌が長く愛されてきた最大の要因だと強く思っています)。

     

     人は変わってゆきます。環境も変わってゆき、文化も社会も時代も変わってゆく。

     変わらないのは後ろ姿だけしか見せてくれない、想像の中に住まう小野小町の美しさだけです。ではその変わりゆくさまを、小野小町は悲しんだのでしょうか、それとも愛していたのでしょうか。

     そうしたことを春の宵闇のなかで考えているとき、ふと夜空の向こうで「してやったり」という顔でこちらを覗いている、小野小町の視線を感じたりする。そうした感覚こそが、古典を学ぶ醍醐味だったりするのだと思います。

     

     次回はこの時代を超えたスーパー美女に、日本文学史上唯一対抗できる「イケメンの代名詞」、在原業平先輩と、先輩の詠んだ「ちはやぶる」です。

     

     

     

    たられば

    https://twitter.com/tarareba722

     

    #古典が好きになる話

     

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    2.【連載】

    社会はただの暗記科目じゃない!

    伊藤賀一先生インタビュー

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    桜木建二が教える 大人にも子供にも役立つ

    2020年教育改革・キソ学力のひみつ

     

    桜木建二がインタビュアーとなって

    さまざまな分野の「学びのプロ」に話を聞く本連載。

    3月は「日本でいちばん多くの生徒を持つ社会講師」、

    伊藤賀一先生の取材記事をお届けします!

     

     

    ■東大の入試問題(日本史)が象徴的な例

     

     社会科を正しく学ぶことが、総合的な学力アップのカギだ! 前回はそう伊藤さんに教えていただいた。社会は読解力とその応用力を磨けるからだ。

     もう気づいているだろう? 伊藤さんの考えに沿って社会に力を入れれば、2020年からの教育改革への対応・対策がしっかり取れるのだ。

    「その通りです。一連の教育改革でいっそう求められるようになるのは、みずから思考し、判断し、表現する力。これらは社会科の学習を通して養えますよ。

     いい先例がひとつあります。東京大学の入学試験における、日本史の出題です。東大の日本史は型が決まっていて、たいてい大問が4つ、すべて論述式で出ます。あるデータや史料が提示されて、それらについての論考を述べるのですが、ここで大事なのは出題文が何を問うているか。そこをしっかり読み取って、的確に問いへの返答をするべきなのです。

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