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2015/10/01 00:00

300年会社が続くのは 「変える勇気」があるから ~中川政七商店13代・中川淳社長インタビュー 財前が突撃!キーパーソンに聞く Vol.2

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財前が経済を動かすさまざまな人にインタビューし、疑問に答えてもらうこのコーナー。2回目は、奈良で300年続く伝統工芸を蘇らせた中川政七商店の中川淳社長が登場。老舗の実態や、「楽しく働きたければうまくなれ!」という仕事論を語ります。

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財前:中川社長は奈良で300年続く麻の老舗「中川政七商店」の13代社長です。41歳ととても若いですが、伝統工芸をベースにした新ブランドを次々と立ち上げ、売り上げを大きく伸ばしたと聞いています。大学を卒業後、富士通での勤務を経て、家業に戻られたときの印象はどうでしたか。

中川社長:老舗としての歴史があるといっても、実際は地方の中小企業。父親から「今までいた大企業とは全然違うぞ」と言われて覚悟していましたが、予想以上に大変でした。まず、私が任された麻の生活雑貨部門は赤字で、生産や販売の管理もかなり雑な状態でした。

「とりあえず当たり前のことから始めよう」と呼び掛けても、従業員は定時になったら仕事が残っているのに帰ってしまうほどやる気がなく、1年くらいでほとんどの人が辞めていきました。しかも、会社の知名度が低かったので募集しても人が来ない。残ってくれたわずかな従業員と一緒に3年くらい頑張って、業務の基本的な流れを整えていきました。

財前:家業に入ってすぐに大変な思いをされましたね。

中川社長:実際のところ、地方の中小企業はどこも似たような状況で、人材不足に悩んでいます。やる気のある優秀な人材を集めるには、会社のブランド力を上げなければいけない。そういう思いもあって、業界では珍しいSPA(製造小売)業態を確立し、自分たちでお店を持って麻製品の良さを直接お客さまに伝えるようにしました。「美しい暮らし」をテーマにした「粋更kisara」などの新ブランドを立ち上げ、東京ミッドタウンなど発信力のある商業施設のテナントに入ることで、徐々に一般の人からの知名度を上げることができました。

☆写真2(中川政七商店東京本店外観)

財前:ブランド作りに成功し、本業を立て直してほっとしたのではないですか。

中川社長:人手が足りず苦労しながらも、麻事業を黒字化できて確かにほっとしました。でも、そこから新しい悩みが始まったのです。うちの会社は老舗なのに、社是がありませんでした。本業で利益が出る「ふつうの会社」にはなったけど、「中川政七商店らしさ」って何だろう。ただ売り上げを伸ばすだけでなく、自分も含め、従業員みんなが向かっていけて、かつ社外の人から見てもいいと思える共通の目標を持てないだろうか。

そう思って有名企業の社是を集めた本を読んでみたのですが、「子供たちに明るい未来を」みたいな漠然としたものが多くて、あまりヒントを得られませんでした。それっていわば「世界平和のために頑張ろう」と言われるようなもので(笑)、自分たちだけでは背負いきれない目標ですよね。

例えば高校球児だったら、「甲子園優勝」という夢に向かって団結するじゃないですか。そういうふうにみんなが共感して目標にできる社是を作りたいけど、事業とうまくマッチさせるとなると、簡単には思いつかない。具体的でかつ夢があって、全く無理というわけでもない。そんな社是ができないかと、2~3年悶々と考え続けました。

☆写真3(目標イメージカット)

Photo by TANAKA Juuyoh(CC BY 2.0)

財前:そうやって悩み抜いて、いま御社が掲げている「日本の工芸を元気にする!」というビジョンができたのですね。

中川社長:これで会社の方向性がつかめた!と思って、意気揚々と従業員に発表したのですが、最初はみんなポカーンとしていました(笑)。中川政七商店で成功したブランディングの手法を全国の伝統工芸に広めて、その流通を当社の店舗でもお手伝いする。日本の伝統工芸全体を底上げしながら、自社の存在価値も高めていくという好循環を思い描いていたのですが、従業員にとっては、なぜ他の会社のお手伝いをする必要があるのか、いまいちイメージがつかめなかったみたいですね。

財前:どうやってビジョンを浸透させていったのですか。

中川社長:実際にやってみせるしかなかったです。最初に経営を指導したのは、長崎県の波佐見にある「マルヒロ」という焼きものの会社でした。そのとき、二十代の若い後継者が打ち明けてくれた「いつか波佐見に映画館を作りたい」という夢を聞いて、「それなら単なる焼きものブランドではなく、波佐見を背負って立つカルチャーブランドを目指そう!」と、焼きものにファッション性を持ち込んだ「HASAMI」という新ブランドを一緒に立ち上げました。「HASAMI」は見事にヒットし、今では東京のショップでも多数扱われ、雑誌に紹介されたりして売り上げを伸ばしています。

☆写真4(HASAMIプロジェクト商品の写真)

中川社長:マルヒロの若い後継者に、成功ストーリーを体験談として会社で語ってもらったりもしました。そうするうちに、従業員にも「自分たちの仕事の先に何があるのか」が徐々に見えてきたようです。中川政七商店ががんばれば、全国の伝統工芸が元気になる。社是が浸透するのに5年くらいかかりましたが、ビジョンがみんなの腑に落ちてからは急速に社内の雰囲気が良くなりました。私自身も、「やるべきこと」と「しなくていいこと」がはっきりして、経営判断がしやすくなりました。業界をけん引しているということで話題にもなり、今では人材募集をすると、地方の中小企業とは思えない優秀な人からの応募がたくさん来ます。

財前:最初に家業に入ったときは、お父さんが社長だったわけですよね。中川社長が新しいことを次々となさって、反対されたりしませんでしたか。

中川社長:父は私の方針を黙って見守ってくれたので、親子間の確執はありませんでした。事業承継もスムーズでしたね。2人きりでゆっくり食事をしたのは、後にも先にも代替わりのとき1度だけ。2つ話があると言われて、1つ目は「すまん。中川家の財産を三分の一にした」。父は株が大好きで、バブル時に投資で失敗したのです。2つ目は「社長になったら、好きなようにしたらいい。ただ、1つ言うとしたら、(老舗であることに)とらわれるな。たまたま当社は麻事業が長く続いてきたけど、それすら変えてもいい」。

これにはびっくりしましたね。もともと私は親の言うことを聞くタイプでもないし、慣習にとらわれずにやってきたつもりでした。それでもなお「とらわれるな」というのが父からのメッセージだったのです。ビジネスモデルが30年で廃れると言われる中、当社が300年続いてきたのは、こういう自由な思想があるからかもしれないと実感しました。

☆絵(明治期の店構え)大和名勝豪商案内記より

財前:固定観念に縛られず、変化を恐れないからこそ、長く事業が続いた……。老舗って、もっと堅苦しい感じかと思っていました。

中川社長:全然そんなことないですよ。むしろゆるいです。もちろん、変えるのが全ていいということではなく、大事なのは「何を変えて、何を変えないか」という判断です。その軸となる会社としての価値観をしっかりと持っていなくてはいけません。

財前:「日本の工芸を元気にする!」というビジョンはどれくらい達成できましたか。

中川社長:まだまだ道半ばです。これまで15社以上の経営指導に携わり、個別の成果は上がっていますが、日本の伝統工芸が衰退するスピードがあまりにも速い。そこで、最近は「さんち構想」といって、一社の成功に頼らない方法を考えています。

財前:「さんち」って、普通の「産地」とどう違うのですか。

中川社長:例えば波佐見焼の場合、地域に窯元が50社くらいあり、当社が立て直しに協力したマルヒロはその中の1社です。その成功によって産地全体が活気づくかと思ったのですが、実際は、期待したほどの波及効果はありませんでした。そこで、窯元を支えている陶土屋・型屋・生地屋・窯元・商社といった周辺企業が一体となった最小単位を「さんち」と呼び、売り上げを伸ばすために協力していける仕組みをつくっているところです。

財前:社長は自分でいろんなアイデアを考え出し、行動されています。発想の源はどこにあるんですか。

中川社長:それは、誰よりも長い時間を費やして考えているからだと思います。伝統工芸という狭い世界のことをずーっと考え続けているし、経験も積んできたから、他の人よりもいい解決策を思い付きやすい。そうはいってもぱっと思いつくわけではなくて、問題意識をくすぶらせておく時間も必要なんです。そういうしんどさを経て、あるとき集中するとアイデアが出てくる。私の場合はなぜか、土曜日の会社でいいアイデアを思い付くことが多いですね。

財前:「誰よりも長い時間を費やす」ってさらっと言われていますけど、実際は大変なことですよね。いつも仕事のことを考えているんですか。

中川社長:仕事のことを考えない日は、1日もありません。仕事が趣味だとか、働くのが楽しいというのって、なんだか寂しい人に見られるかなと思って表に出さずにいたのですが、最近は堂々と言うようにしています。学生時代に好きだったゲームも全くやらなくなりました。現実世界のほうが何倍も面白いし、刺激的ですから。

財前:すごい!仕事が楽しいって堂々と言えるのって、なんだかかっこいいです。これから働く若い人や、仕事で迷っている人にアドバイスはありますか。

中川社長:まず、会社を選ぶときには規模ではなく価値観が合うかどうかを重視すべきです。当社はビジョンを決めてから、目指す方向性が社外に伝わりやすくなり、求人のミスマッチが減りました。働く人にとっても、価値観の近い会社でないと頑張る意義が感じられず、仕事がつらくなると思います。

財前:自分の価値観とマッチする会社を選べば、苦労もやりがいと思えるんですね。

中川社長:ただし、仕事というものは最初から楽しくてやりがいがあるものではないということを、若い人は肝に銘じておくべきです。先日、会社の中で「若い従業員があまり楽しくなさそうだ」という声が耳に入り、そのときにサッカーに例えてこんな話をしました。「高校の部活レベルの人間がJ1チームに入ったら、最初はボールにも触れないし、練習についていけないから楽しいはずがない。サッカースタイルが違うとか、そういう次元の話じゃない。楽しくないと言う前に、まず上手くなるよう努力するのが先。上手くなれば、自然と仕事は楽しくなる」。

☆写真5(サッカー練習のイメージカット)

Photo by TANAKA Juuyoh(CC BY 2.0)

財前:上手くなるまでは文句を言うなってことですか。確かに、僕も麻雀を始めたときは先輩についていけなくて、つまらなかったなあ。上達して勝てるようになると、楽しくなる。

中川社長:世の中ではスポーツ選手が努力するのは「プロだから」と言いますが、会社員だってお金をもらっている以上は同じなんです。むしろ日本で一番プロ人口が多いのが会社員なのに、上手くなるために自主練をするとか、そういう努力をする人が少な過ぎると思います。私たち経営者も同じで、自分自身のレベルを上げていけるよう、仕事の中で常に意識をしています。

財前:意識を高く持つって、すごく大事なことだと分かりました。目標が大きいと大変なことも多いけど、その分だけ力がついて楽しくなるんですね。貴重なお話をありがとうございました!

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    中川淳(なかがわ・じゅん)

    1974年生まれ。 京都大学卒業後、2000年富士通入社。 02年に中川政七商店に入社し、「遊 中川」の直営店出店を始め、工芸をベースにしたSPA業態を確立する。 08年に13代社長に就任。新ブランド「粋更kisara」「中川政七商店」などを立ち上げる。 09年業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。 著書に『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』など

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